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絆リレー祭2023
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『やんばいのぉ』とは、山添弁で『いい天気だね』という意味です。
『やんばいのぉ山添村』は、関西弁では『ええ天気やなぁ山添村』になります!
2024年7月20日(土)14時半~ 野村議員の講演会・議会報告会開催します

アトロピン 我が国で最初に注射された薬品 オールドクリニックの収蔵品㉕

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Bottles for Atropinum Sulfuricum アトロピンの瓶 各種

Three types of medicine jar for atropine sulfate
from the Meiji era to the early Showa era.

Perhaps the small bottle on the right is the oldest.
Height is about 6 cm.
The design is very Art Nouveau.

Currently, injection ampules are used to treat with atropin in daily medical practice. But before the WWII, it was thought that they were stored in powder like these bottles and were dissolved in ethanol etc. at any time for injection.

Historically the first subcutaneous injection in Japan is said to have been an atropine injection performed by a Dutch doctor, C.G. van Mansvelt, at Seikokukan in Nagasaki in 1865. Probably he used a syringe used as shown in the previous article was used.
Japanese doctors began to actively treat patients with subcutaneous or intramuscular injections in the era when glass syringes were produced in Japan and salvalsan was imported (late Meiji era).
Go to our previous article to know the treatment of salvalsan.

明治から昭和初期までの3種類の硫酸アトロピン薬品瓶。
おそらく、右側の小さなボトルが最も古いでしょう。
高さは約6cmです。
デザインもアールヌーボー様式です。

現在、日常の医療ではアトロピン注射用アンプルが使用されていますが、戦前はこの瓶のように粉末で保管され、いつでもエタノールなどに溶かして注射していたと考えられます。

日本で最初の皮下注射は、1865年に長崎の聖国館でオランダ人医師が行ったアトロピン注射だったと言われています。おそらく彼は、私達が以前の記事で示したような注射器を使用しました。
ガラス注射器が日本で製造され、サルバルサンが輸入された時代(明治後期)に、日本の医師は皮下注射の患者を積極的に治療し始めました。
サルバルサンについては、やはり、次の記事を参考にしてください。

山添村におけるアトロピン注射の軌跡

残念ですが、記録がありません。
しかし、ここにアトロピンの瓶が3つも遺されているということから、頻繁に用いられていたことは明らかでしょう。

アトロピンには、瞳を広げる作用(散瞳)、唾液や粘液の分泌を減らす作用、胃腸の動きを抑制する作用、心臓の脈拍数を増やす作用などがあります。

有機リン中毒(かつて、山添村では、他の農村と同様に、農薬服毒自殺が多かった)の際には、アトロピンは必須の治療薬だったはずです(サリン事件も同様です)。

アトロピンの語源、さらにベラドンナやKlothoまで♫

◆アトロピンAtropinは、ベラドンナBelldonnaというナス科の植物の成分から抽出されてきた経緯があります。
Belladonnaは、イタリア語で、bella・美しい+donna・女性 という意味ですが、この成分を点眼すると、瞳が開いて(散瞳)黒い瞳がさらに美しく見えるために、このような名前が付けられたようです。
イタリアの黒い瞳の女性といえば、ソフィア・ローレン。ここでは、私の勝手で、往年の彼女の瞳を散瞳させていただき、いえ、そのつもりで、大きく黒く塗った‟ベラドンナ・ローレン”を、披露させてもらっております。どうかご了承ください。

◆そんなBelladonnaに人を殺してしまうほど激しい作用を持つ成分があることを知ったCarl Linne(よくご存じのスウェーデンの植物学者)が、人の生命を決めてしまう女神Atroposにちなんで、Atropaと名付けました。
さらに、ドイツのAlbert Ladenburgが、1883年にその成分を抽出してAtropinと名前を決めました。

◆この女神Atroposは、腎臓医にはとても馴染みのあるギリシャ神話の三姉妹女神Moiraの長女です。
次女がLakhesis, 三女がKloto。
今から20年ほど前、黒尾誠教授(自治医科大学)は生物の長寿に関わる物質を、腎臓から発見し抽出しました。人の生命を紡ぐMoira三姉妹の三女Klotoにちなんで、彼は、その物質をKlothoと命名したのです。今では、腎臓が元気でないと、長生きできないという学説まで提唱されるようになってきており、我々腎臓医には親しみのある物質であり、今後の発展次第では、長寿効果や腎不全進行抑制効果などを有する創薬に繋がる可能性があります。
そんなKlothoが、実はAtropinとも関連があるなんて、なんとも嬉しい話ではありませんか!

Moira 人の生命を決める三姉妹(ウィキペディアから引用)
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この記事を書いた人

野村 信介のアバター 野村 信介 山添村 野村医院長

60歳を過ぎて、山添村で野村医院を継承した開業医です。長年、三重県で勤務医をして過ごしましたが、年齢とともに、郷愁の念断ちがたくなり戻ってきました。
令和3年秋からは、村会議員にも選んでいただきました。野村医院での診療の傍ら、村興しにも精を出し、また、地域の問題に少しでも取り組んでいけるよう努めております。。
若い頃にはなかなか気づかなかった山添村の素晴らしさを、このサイトで皆さんに発信していきたいと思っております。どうぞよろしくお願いします。

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