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やまぞえ絆リレー2020
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『やんばいのぉ』とは、山添弁で『いい天気だね』という意味です。
『やんばいのぉ山添村』は、関西弁では『ええ天気やなぁ山添村』になります!
『やまぞえ絆リレー2020』新型コロナ収束まで無期限延期となりました。

ガラスの「吸い玉」 オールドクリニックの収蔵品㉟

目次

吸い玉 大小3個  明治時代

これは、アルコールランプの蓋ではありません。
れっきとした医療器具です。

ガラス製「吸い玉」、大中小三個が、オールドクリニックに遺されています。
ガラスの質などから、明治時代のもの、つまり、初代・千太郎が使用していたものではないかと推察します。

大; 高さ6.5㎝、最大直径6.0㎝、口径4㎝。
中; 高さ6.0㎝、最大直径5.0㎝、口径3.5㎝。
小; 高さ5.0㎝、最大直径5.0㎝、口径3.5㎝。

「吸い玉」との出会い

先日まで「吸い玉」を知らないまま、陳列棚にアルコールランプと一緒に展示していました。

冒頭に「これはアルコールランプの蓋ではない」と書いたのには、理由があります。
先日、日本医史学会理事・猪飼祥夫先生のご一行が、オールドクリニックを訪ねて下さるまで、私自身が「吸い玉」というものを知らずにいたのです。

恥ずかしいことに、「厚みのあるアルコールランプの蓋だなあ」と怪訝に思いつつも、アルコールランプと一緒に、陳列棚に展示していたのは、この私だったのです。

猪飼祥夫先生と仲間が来訪

令和2年12月6日、猪飼先生をはじめとする4名の研究者が、オールドクリニックにお越しくださいました。
一行は、医史学を研究する鍼灸師の方々でもありました。
私は、先祖伝来の医療器具や資料がたくさん遺されていた結果、受動的に医史学に興味を持つことになった浅学の身。医史学会にも属さず、このブログに、自分の好きなように思ったことや調べてことを綴っているだけですので、専門の方々の話を聞くことができる、またとない機会でありました。

初対面でしたが、そこは共通の興味を持つ者同士、すぐに打ち解け話が弾みました。
猪飼先生は、当館が保管しているある別の医療器具を見に来て下さったのですが、まずは、「吸い玉」のことを書かせていただきます。なぜなら、彼らがお越しくださらなければ、私はまだ当分の間、「吸い玉」のことを知らずにいたはずなのですから。

猪飼先生たちをオールドクリニックの資料室にお通ししたら、私がアルコールランプの蓋と思っていたこの三つのガラス器具を見つけて「吸い玉がある!」とすぐに指摘してくださったのです。
高名な鍼灸師でもある猪飼先生と仲間の方々は、実は現代でも「吸い玉」を用いた施術が行われていることを教えて下さいました。そりゃ、詳しいはずですね。つまり、このようなガラス器具は、日頃の臨床で使っているものだったのです。

「吸い玉療法」とは?

現代の私達からすれば、西洋医学を修めた野村千太郎が、どうして中医学の治療法である「吸い玉」を所有(利用)していたのかと、考えてしまいます。
しかし、1800年代後半、いえ、1900年代に入っても、洋の東西を問わず、吸い玉療法が行われていたようなのです。(なお、「吸い玉療法」を「カッピング療法」と呼んでいる記事も多く認められますので、私は「吸い玉療法」を同義として用います)

詳しくは、Wikipediaの「カッピング療法」にその解説を譲りますが、
このようなガラスのカップ容器の中でアルコールを燃やしながら、患者さんの背中などに当てると、内部が次第に陰圧となり皮膚が引っ張られて鬱血します。その刺激が、西洋医学においても治療効果があるとされていたのです。ヒポクラテスの時代から西洋医学界では、人の病気の成り立ちは、「四体液病理説」という概念で説明されてきました。私も聞きかじりの知識ですが、「血液、黄胆汁、黒胆汁、粘液」の四つの体液のバランスが崩れると人間は病気になるというものです。

世の医師にとって、「瀉血療法」は、「吸い玉療法」よりも馴染みがあるのではないでしょうか? 瀉血とは、色々な方法で人の血液を除去することです。「病気の原因である血液」を減らすことで、健康を回復すると当時は信じられていたのですが、これも、「四体液病理説」に立脚していた治療法です。

吸い玉を用いた「吸い玉療法」と「瀉血療法」はとても関連があります。
内部が真空になるおかげで、皮膚を切開しておくと吸い玉の中に血液が吸い取られるのです。
吸い玉は、血を抜くためだけに用いたわけではないでしょうが、注射器や注射針がまだない時代に、瀉血をするのに吸い玉は極めて便利な道具だったに違いありません。

この画像は、やはりWikipediaから引用しました。
ロンドンで用いられていた吸い玉(Cup)と瀉血用の皮膚切開装置(右の四角い金属のもの)です。
両者の関連性が良く示されていますね。

19世紀半ば、顕微鏡を用いて人体の詳しい観察が行われるようになって、次第に「四体液病理説」は衰えていくまで、「吸い玉療法」も「瀉血療法」も続けられました。
江戸時代に出島でシーボルトが瀉血していたことも、下記の絵画によって広く知られていますね。
しかし、実際には、19世紀末(明治30年)に開院した野村医院においても吸い玉は用いられていたのです。

野村千太郎らの時代、医学校において「吸い玉療法」も「瀉血療法」も教えれたのではないかと推察します。
まだ、彼の医学部時代のノートでそれを確認できていませんが。

川原慶賀「シーボルト瀉血手術図」(県立長崎美術博物館所蔵)

現代の吸い玉(カップリング)療法

西洋医学では、吸い玉療法も瀉血療法も廃れて久しいのですが、中国医学では、吸い玉療法は現代も行われています。先述した「四体液病理説」は、西洋にとどまらず、アラビアやアジアにも伝播し、類似の概念で人の健康や疾病を捉えるようになったからです。

日本国内では、鍼灸医が、吸い玉療法だけでなく、鍼灸針と吸い玉を用いた瀉血療法も実施しているとお聞きしました。
だから、猪飼先生たちは、すぐに野村医院の吸い玉を見つけてくださったのです。
(西洋医学では、血液が増えすぎる疾患「真性多血症」など、ごく一部の疾患においては現在も瀉血療法は行われています)


リオデジャネイロ五輪では、水泳の米国代表、マイケル・フェルプス選手らが吸い玉療法を受けていたことで話題になりました。ドーピングが厳しいスポーツ界において、中国医学はますます注目を浴びています。

手前)三つの吸い玉。後ろは、アルコールランプ。

☆☆☆
今日のお話しは、ここまでです。ここまで読んでくださってありがとうございました。
19世紀半ば~後半の医療を、当館に遺された吸い玉を見ながら、考えてみることが出来ました。
ご意見や感想をお聞かせください(下に投稿フォームがあります)。

このブログは、野村医院オールドクリニックに遺る数々の医療器具や薬品、医療に関連した物品を、さまざまな形で紹介しております。また、時間のある時に訪ねてくださいましたら、幸いです。

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この記事を書いた人

野村 信介のアバター 野村 信介 山添村 野村医院長

60歳を過ぎて、山添村で野村医院を継承した開業医です。長年、三重県で勤務医をして過ごしましたが、年齢とともに、郷愁の念断ちがたくなり戻ってきました。
野村医院での診療の傍ら、村興しにも精を出しております。若い頃にはなかなか気づかなかった山添村の素晴らしさを、このサイトで皆さんに発信していきたいと思っております。どうぞよろしくお願いします。

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