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「春風の肖像」 初代院長の往診馬 オールドクリニックの収蔵品⑤

2020 7/25
「春風の肖像」 初代院長の往診馬 オールドクリニックの収蔵品⑤
目次

「春風」

A portrait of a horse named HARUKAZE, spring wind, aged between 15 to 20?
He was used by the first director, Sentarou to visit his patients’ homes.
Harukaze came to us in 1904, and then died in 1922.
His height is speculated around 140~150 cm.
Seems to be a native to Japan, or half blooded Japanese and Western.
初代千太郎の往診馬・春風。

肖像写真入手の経緯

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2012年(平成24年)9月でした。
90歳になろうとしていた伯父(父の兄・俊行さん)が、わざわざ私のために探してきてくださったのが、この写真です。
私が、親戚が集まるたびに毎回のように、曽祖父や祖父が乗っていた馬の話を持ち出すものだから、きっと気にかけて下さったのだと思います。
伯父は、同じ写真が二枚あったから一枚を私に進呈すると言って下さった。

その頃は、乗馬には凝っていたものの、まだ、オールドクリニックの整備も収蔵品の展示も、まったく考えてもいなかったが、私は嬉しくてうれしくて!
伯父の優しさとご好意にものすごく感謝して、すぐに、当時通勤していた津市内の、三重額縁で額装してもらいました。

「春風」のこと

伯父が保管しているもう一つの同じ写真の裏には、下図のような説明がありました。

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        乗馬 春風
        尾山福田金治君より譲(あとは不詳)
        大正七年春撮影
        大正十一年四月死亡
        愛飼十八年間

野村家で愛情を持って18年間飼育した後に、大正11年(1922年)に死亡したということは、尾山(現奈良市月ケ瀬尾山地区)の福田金治氏から、明治37年(1904年)に譲り受けたことになります。つまり、野村医院開設から7年後に野村医院に来てくれたのです。

この手の逸話は、おそらく日本全国に沢山言い伝えられているでしょうが、我が家に伝わっている次の話を書き留めておきます。
『千太郎は、往診先でお酒を頂くことが多かった。お酒に酔いつぶれても、春風は勝手に家まで連れて帰ってくれたという。』
馬は、帰省本能が強いし、自分の馬房が一番お気に入りなので、主人が寝ていても酔っ払っていても、乗せて帰るのであろう。

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馬の身長は、地面から首の付け根までの高さ「体高」で表す。

背景のガラス戸は、オールドクリニックに現存します。
高さが180㎝程度なので、そこから推測すると、
春風の体高(身長)(地面から首の付け根まで)は140∼150㎝程度でしょうか?
和種か、あるいは、西洋馬との中半血かと想像します。

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春風の、前髪や鬣を見てほしい。剛毛の縮れ毛。
春風の、四本の脚を見てほしい。ごつい!
サラブレッドのようなスピードも優雅さもないが、
武骨で頑丈そうな馬体が、見て取れる。働き者の姿です。

もともとは農耕馬だった馬だったのでしょうか? 
福田金治氏のもとから、どのようにして譲ってもらったのか、一切情報はありませんが、
明治から大正期の田舎道を、春風はしっかりした足取りで曽祖父の往診を手伝ったに違いない。

馬装に注目

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鞍も鐙も、まことにシンプルな造りです。
千太郎の乗馬の腕前はどうだったのだろうか?
どこで乗馬を覚えたのだろうか?
当時は国民皆兵制度。千太郎も軍医だった時期があるから、そこで乗馬もやったのでしょうか?
まるで情報はないが、この鞍は相当に使い込まれているように見えます。

鞍の前に、縦長の鞄が付いている。
想像するしかないが、曽祖父はここに医療道具や薬などを入れて往診したのかなあ?

残念ながら、馬の馬装品は、なにひとつオールドクリニックには遺されていません。

撮影者は、月ケ瀬の「西浦写真館」

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大正7年(1918年)に、オールドクリニックの前で春風を撮影したのは、「大和月ケ瀬石打・西浦写真館」でした。
既に写真館は廃業されているようだが、当時、月ケ瀬梅渓は名だたる観光地であったため、写真館も大賑わいだったことでしょう。
そんな写真館が、隣村とはいえ月ヶ瀬村(現在の奈良市月ケ瀬)からわざわざ出向いたのだから、春風がどれほど可愛がられていたか想像に難くない。

オールドクリニックでの「春風」の展示

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オールドクリニックでは、初代、二代、三代院長が用いた往診用の馬と自動車を、医療道具として展示することにします。春風は、実物を再現できないので、伯父から譲り受けたこの写真を、等身大近くまで拡大して、上の写真一番奥のように展示します。
二代のダットサン、三代のトヨタスポーツについては、いずれ別の機会に説明させてください。

こんな薬篭の広告を見つけました。

明治30年代の中外医事新報の広告欄にこのようなものを見つけました。
東京日本橋の医療器具メーカー・販売店が、往診馬に装着したら便利だという薬篭。
7円50銭だという。
このお店の馬具の広告は、明治30年の医事新報のほとんどの号に掲載されているから、相当、羽振りも良かったのではないかと推察される。

春風が着けているものとは、多少形が異なるけれど、当時は馬による往診が全国津々浦々で見られた、ありふれたことであることがこの広告からも見て取れる。

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