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『やんばいのぉ』とは、山添弁で『いい天気だね』という意味です。
『やんばいのぉ山添村』は、関西弁では『ええ天気やなぁ山添村』になります!
2024年7月20日(土)14時半~ 野村議員の講演会・議会報告会開催します

山添村分校の問題 【9】唯一無二の分校! 毎日新聞のコラム♯1

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2月1日の毎日新聞奈良版のコラムの紹介

昨日2月1日、毎日新聞奈良版では、詩人・寮美千子さんがコラム「ならまち暮らし」で、
山添分校を取り上げて下さいました。
「唯一無二の山添分校」と、言って下さっています。

まことにありがたい記事に感激。
このままブログで紹介することは困難なのでお許しくださいませ。

寮さん、本当にありがとうございます。

1月に分校を視察させていただきました。

実は、1月中旬に、山添村議会議員・三宅正行氏と彼女と三人で、分校を見学させていただきました。
その時のことを中心に、寮さんが想いを綴ってくださったのです。

この時、私も、分校の先生方や生徒さん、教室の様子、などを初めて見させてもらいました。
今まで目の前にありながら、分校がどんな学校なのか、どんな生徒さんが通学されているのか、何も知りませんでした。
知ろうともしなかったことを、大いに反省しました。

寮さんのコラムを毎日新聞やFacebookでお読みください。

https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=pfbid024Pfsz35rfcQDGaiyKdU99RLPzRwxJR6suaBYaMDccmofUb22omPpEtDFdPS7JFPal&id=100064378046242

私も三宅議員も、そして寮さんも感じたことを、ひとつだけ申し上げるとすれば、
★奈良と伊賀・名張の地域には、
 ・この学校を必要としている子供達がたくさんいらっしゃること
 ・彼らに必要とされている高校であること
 ・この山添村に存在する意義があることを
知った一日だったことに尽きます。
★そして、村民の方々に申し上げたいのは、この村立高校に、もっと関心を持っていただきたいこと。
村(行政)との連携もそうだけど、村民との交流を深めてもらえたらと切に願っています。

「訪れた日は、ちょうど体育の授業で校外マラソンをしていた。里山の風景の中、青い運動着が見え隠れする。声を掛けあって励ましあう子どもたちの姿がまぶしい。まるで青春映画の1シーンのようだ。」(寮さんのコラムから)」*校内の撮影は、許可を得ております。
「被服教室では、家政科の生徒たちが縫製作業をしていた。男子もいて、手縫いで丁寧に裏地を縫いつけている姿に感動した。ここでは、刈り取った羊の毛を糸に紡ぐところから、機織りによる布作り、デザイン、縫製まで一貫して行い、世界に1着の自分だけの服を作る。こんな体験のできる高校は、日本広しといえども他にはないだろう。」(寮さんのコラムから)*授業中の写真は、許可を得て撮影しております。

早速読者の方からお問い合わせ

知り合いを通じて、子供が入学を検討していたという親御さんから、「新聞を読んだ。分校はどうなりますか?」という問い合わせが寄せられました。

そこで、きっと分校を取り巻く学び舎としての環境は、良くなっていくという私の持論をお伝えしました。
お子様や保護者へのメッセージは【4】そして【10】をご覧くださいませ)

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今日はここまでです

寮さんのコラムの最後は、
・・・・前略・・・・中学までは不登校だった子も、この分校ではのびのびと学校生活を楽しんでいるという。もう物語の中にしか残っていないような、温かでやさしい小規模校だった。なくしてはいけない、と強く思った。どうすれば、分校を存続できるのだろうか。その話は、次回に。」と結ばれています。

2週間後、2月15日の続編が楽しみです。
(追記 結局、分校に関するコラム続編は、3月1日の奈良版に掲載されました。)

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この記事を書いた人

野村 信介のアバター 野村 信介 山添村 野村医院長

60歳を過ぎて、山添村で野村医院を継承した開業医です。長年、三重県で勤務医をして過ごしましたが、年齢とともに、郷愁の念断ちがたくなり戻ってきました。
令和3年秋からは、村会議員にも選んでいただきました。野村医院での診療の傍ら、村興しにも精を出し、また、地域の問題に少しでも取り組んでいけるよう努めております。。
若い頃にはなかなか気づかなかった山添村の素晴らしさを、このサイトで皆さんに発信していきたいと思っております。どうぞよろしくお願いします。

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