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やまぞえ絆リレー2020
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やんばいのぉ山添村
ええ天気やなぁ山添村
『やんばいのぉ』とは、山添弁で『いい天気だね』という意味です。
『やんばいのぉ山添村』は、関西弁では『ええ天気やなぁ山添村』になります!
『やまぞえ絆リレー2020』2021年5月9日に延期となりました。

「スベラネーコ」誕生物語・山添村のNEW FACE・第二話

奈良で古くから言われた「迷信」?「お墓で滑って転ぶと猫になる」

「お墓やお墓に行く坂道で滑って転んだら、猫になるよ!」
古くから大和高原一帯には、 子供を躾けるためにこんな「言い回し」がありました。
私は、子供の頃、よく親戚や近所の人から、そう言われたものです。

電気事情が良くない時代、暗い部屋では落とした爪を見つけにくいから
「夜に爪を切ったら親の死に目に会えない」という戒めは説得力がありました。
お墓は、子供にしてみたら、鬼ごっこやかくれんぼして遊びたくなる場所だけど、
当時は土葬だし、地面も舗装されてないうえに、本来お墓は遊んだり騒ぐ場所ではありませんので、
「お墓やお墓に行く坂道で転んだら、猫になるよ!」 と言ったのでしょう。

私が特別に暴れん坊だったからではないようです。
竹馬の友というべき、現在60歳前後の幼友達に確認すると、皆が「そうだ」と答えてくれます。
同じ小学校や中学校に通った元級友たちも、「そうだ」と答えます。
ところが、進学して、社会に出て異なる出身地の新しい友達にこの話をしても、「そんな話知らない」「なんで猫になるの?」「田舎臭い話や!」と、けんもほろろ。
社会人になった頃には既に私は、「お墓で転んで滑ると猫になる」という言葉は、おそらく、奈良県北東部(大和高原)に特有のものではないか?と考えるようになっていましたが、こんなことを、一生懸命考えたりすることもなく、それから半世紀近くも時は過ぎてしまいました。

半世紀後「転ぶと猫坂KNZ48」マップ完成!

世紀も21世紀に移りすでに20年近く経とうとしていたとき、私は、還暦も過ぎ故郷への郷愁断ちがたく生まれ故郷に戻って、父母の診療所を継承しました。
こんな私にとって、診察室は「滑って転べば猫」情報の収集にもってこいの場でもありました。
たとえば、こんな感じです。

 私「はい、血圧も血糖値も大丈夫ですね、Aさん、お大事に、、、、ところで、Aさんは、お隣の天理市からお嫁に来たんでしたよね? 『お墓で転んだら猫になる』って、子供の頃、言いました?」
 Aさん「あら、先生、懐かしい、そんな古い話♬ 母がいつも言うてましたよ」
 私「やっぱり、言いますよね」
 Aさん「言います、言います、え? あれって、全国共通とちゃうんですか?」

診察室に来て下さる患者さんやそのご家族に、こんなふうに話を持ちかけると、半年もしないうちに、「お墓で滑って転んだら猫になる地域」という「迷信・言い回し」を使う地域が、だんだん明確になっていきました。
『お墓で滑って転べば猫になる』という話を聞いたことがある・自分もよくそう言うと答えた人の出身地やお住まいが確認できたら、その地点を、Google Mapに提示してみると、一目瞭然です。
下記のようになり私は、「転ぶと猫坂KNZ48」マップと名付けました。

もちろん、情報収集者である私が、大和高原に住んでいて、出会う人にも当然偏りがあるから、この地図の密集度が信用に足るものではないことは承知しています。
しかし、大阪や京都、神戸、和歌山、桑名や松阪、さらには、名古屋には、こういうことを知っているという人は、未だかつてお目にかかっていません。

どうやら、「滑ると猫になるお墓や坂道」の話が大和高原にかなり限局したものではないかという、青年時代に感じていたことを実証したような気がしていますが、皆様の感想はいかがですか?

書物にも紹介されている「滑って転べば猫」伝説!

ここまでお読みくださった方は、私のかなり強引な論理の進め方に、疑念を感じていらっしゃるかもしれない。
作り話ではないのか?! 気持ちが先行した研究者バイアス!?とか。。。

奈良県には、昔から「滑って転ぶと猫になる」と言い続けてきたことを、実証するものが他にあるので紹介しましょう。

その1

筒井寛秀著「誰も知らない東大寺」(小学館 2006年)p174
この本は、東大寺別当 華厳宗管長だった筒井氏が、東大寺の歴史や見どころを平易に解説した読み物であるが、本文中に次のような記載があります。

大仏殿の東から鐘楼の方に上がる石段がありますね。あの石段を「ねこ段」といっているのですが、(中略)、すでに江戸時代から「ねこ坂」といっていたことがわかります。(中略)一説によれば、この坂でころぶと猫になるといういい伝えがあったとも聞いています。

筒井寛秀著「誰も知らない東大寺」(小学館 2006年)p174

観光地である東大寺の「ねこ段(坂)」と「滑って転ぶと猫になるといわれていた」という情報は、ネットでも散見されています。

その2

山添村教育委員会・やまぞえ双書編集委員会編集「やまぞえ双書2・村の語りべ」(山添村 1996年)p170
この本は、山添村教育委員会が、山添村誕生40年、戦後50年を機に、「村に伝わる昔の語りが風化していくことを案じて冊子として残すことを目的に刊行されたもの。三十の大字のありとあらゆる時代の民話や語り継がれてきた物語が紹介されている。その中に、次のような記載があります。

ネコ坂(中峰山): 中峰山、天王参りの参道、一の鳥居を過ぎた松並木の坂道をネコさかと言う。一名「ナミキ」ともいわれるこの道、天王参りの時、「ここでころんだらネコになるから気をつけて」と親から言われてきた。どんないわれかはわからないが、今もってネコになった人はいない。

山添村教育委員会・やまぞえ双書編集委員会編集「やまぞえ双書2・村の語りべ」(山添村 1996年)p170
筒井寛秀著「誰も知らない東大寺」
山添村教育委員会編集「村の語りべ」(やまぞえ双書2)

こういった記述を見つけて私は嬉しかった。
身近なところに「滑って転んだら猫」という言い伝えがあることを知ったからです。

私は、野村医院の診察の傍ら、この大和高原の言い回し「滑って転べば猫になる」を、もっと世に広めていきたいと考えるようになりました。

野村医院の戦前の記録を紐解く

そのまえに、野村医院の古い診療記録を調べてみました。

実は野村医院は、明治30年に曽祖父・千太郎が開院して以来百三十年間も山添村で診療を続けている、いわゆる「赤ひげ」診療所です。
カルテは失われましたが、遺されている古い死亡診断書の束を紐解き、「猫に変身して亡くなった」という人がいないか調べてみたのです(下の写真参照)。

野村医院に遺る明治~戦前の死亡診断書綴り
大正時代の死体検案書
当時、まだ安政や文久生まれの人の書類が認められる。

そうして、答えが導かれたのでした。
『滑って転んで猫になった人は誰一人といなかった』と。
こんなことを確認できるのは、130年も続く野村医院四代目の私しかいないだろう。

オドロキの四段論法!

その結果、こんな私は、次のような四段論法である結論を導くことが出来たのだった!

つまり、
◆山添村では「お墓で、お墓の坂道で滑って転ぶと猫になる」と言われてきた

◆山添村において、この百三十年間、誰も猫になった者はいないことを証明した

◆ということは、山添村は誰一人として「滑って転ばない」村だと宣言して良い!

◆そんな山添村には、滑って転ばない猫のような守り神が存在するにちがいない

これが、受験生の神様「スベラネーコ」誕生の経緯♬

早速、私は、学ランとセーラー服の猫ちゃんをイメージして、友達の廣美幸ちゃんにハニャー君とミャオちゃんを描いてもらいました。
そのうえ、ロゴも創って、「スベラネーコ」は立派な登録商標になりました。

山添村を中心とした大和高原を中心に言い伝えられる「滑って転ぶと猫になる」という、私達の祖先が呪文のようにとなえてきた「ことわざ・迷信・呪文・言い伝え」を広く知ってもらうために、そして、受験生の守り神として「スベラネーコ」を大事に育てていきたいと思っています。

まだまだ話は続く予定。
第三話は、「滑って転ぶと猫になる」伝説 &「スベラネーコ」外伝・如若編です。どうぞお楽しみ!

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この記事を書いた人

野村 信介のアバター 野村 信介 山添村 野村医院長

60歳を過ぎて、山添村で野村医院を継承した開業医です。長年、三重県で勤務医をして過ごしましたが、年齢とともに、郷愁の念断ちがたくなり戻ってきました。
野村医院での診療の傍ら、村興しにも精を出しております。若い頃にはなかなか気づかなかった山添村の素晴らしさを、このサイトで皆さんに発信していきたいと思っております。どうぞよろしくお願いします。

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