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やまぞえ絆リレー2020
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やんばいのぉ山添村
ええ天気やなぁ山添村
『やんばいのぉ』とは、山添弁で『いい天気だね』という意味です。
『やんばいのぉ山添村』は、関西弁では『ええ天気やなぁ山添村』になります!
『やまぞえ絆リレー2020』2021年5月9日に延期となりました。

~巡り巡る農村の社~ 山添村神社巡り㉖ 春日 春日神社~

目次

春日 ~ 春日大社祭神を勧誘した鎮座地 ~

「春日」と書いて「かすが」と読みます。

山添村の中央部にあり、国道25号線が通り、国道添いと周囲の丘陵地に集落が広がります。国道端を市場と呼び、商店街が広がります。
集落の南西方にある高さ300mあまりの城山(畑城)からは、畑八郷(春日・大西・上津・下津・中峯山・広代・中之庄・吉田)が見渡せ、西は神野山を隔てて奈良を遠望し、北から東は伊賀盆地を眼下に遠く鈴鹿連山が見渡せる土地です。

「大和志」によれば、天文以降(約四百数十年前)奥田氏がこの地に拠城を構え、慶長役に際して、奥田三河守忠一が徳川方に味方して武功をたて、畑八郷を恩賞として与えられ、地域の中心となったそうです。

城山の中腹、春日神社の鏡池のすぐ上の台地に素晴らしい樹形をした山桜の老樹があり、「春日のサクラ」として親しまれたが幹が枯れ、周辺に桜が植えられ4月には桜の花がきれいに咲きます。

鏡池と周辺の桜の木々

中世は藤原氏の藤井庄で、支配の手段として、藤原氏の祖神である春日大社祭神を勧誘したので、鎮座地を春日と呼ばれるようになりました。
「東大寺要録」にも「春日庄云々」と出ていることから、一帯は東大寺の寺領であったと考えられ、8世紀ごろから春日が存在していたとうかがうことができます。

江戸時代を通じて旗本奥田氏領で、居城を城山に置いて、江戸へ出仕後は陣屋を設けて代官が置かれました。
国道添いの神社石の鳥居の西「エオン」の高台には、真言宗不動院があります。高野山普門院の末寺で奥田氏の菩提寺であると共に、五輪塔・宝篋印塔・不動明王などの文化財があり、信仰上からも広く村民に敬仰されています。

また、波多野地域の軍人墓地もあり、その東端遅瀬道に接するところには、「アナヅミ地蔵」があり、これは、昔、鎌倉時代の処刑場と言われましたが、村人によって無縁仏を掘り起こし整備され、ねんごろに祭られています。

やまぞえ小学校、農村交流施設の春日ガーデン(旧春日保育園)、山辺高校山添分校、旧農協支所など主要な施設が集まっており、やまぞえ小学校隣接の旧春日小学校講堂(明治36年に建築)は県文化財に指定され、現在は村の歴史民俗資料館として使われています。

地域の農業は、明治から養蚕が行われ、養蚕農家から集めた生繭を熱風で乾燥させる場所である乾繭場(かんけんじょう)兼倉庫が、昭和元年に県立で建てられ、取り引きの中心でした。
その他、ワサビ、ゴボウなども栽培され、昭和初めには「わさび加工組合」も作られ、「春日わさび」として有名でしたが、昭和30年頃、輪作と病害のため品質が低下し、ほとんど作られなくなり、変わってワサビ大根を作られていたこともあったそうです。

畑作は、時代と共に、桑園が茶園に次第に変わり、特に紅茶栽培が行われるようになりました。「べにほまれ」という品種で、栽培面積も拡充され、森永製菓波多野紅茶工場が、乾繭場兼倉庫に作られました。盛んに生産されはじめた和紅茶は、昭和33年にロンドンで開催された全世界紅茶品評会で最優秀賞を獲得し、世界一に輝きました。
この「べにほまれ」は、明治9年に、インドのヒマラヤ、アッサム、ダージリンから技師たちが持ち帰った茶の種から改良を重ね、日本の風土に合う「国茶8号」が選抜されます。そして時を越え昭和22年、台湾で紅茶を生産していた川戸勉氏が帰国後、「国茶8号」に可能性を見い出し、10年かけて製茶技術を確立して「べにほまれ」を世に送り出したものです。

ところが、1970年代の貿易自由化で紅茶の生産は衰え、山添村での和紅茶生産は、人々の記憶から消えて行きました。そこで、平成24年から「また、あの紅茶の味を復活させたい!」と春日ガーデンを中心に、地元の人たちの努力によって、山添村の紅茶の復活プロジェクトが行われています。和紅茶の復活と併せて、「べにほまれ」も挿し木により進められています。挿し木されているのは、川戸さんが残した品種だと言われており、この「べにほまれ」を増やし、産地を復活させるのが今後の目標だそうです。

春日神社 ~ 広い舞台での奉納能楽が神域にこもっている ~

旧波多野村の郷社(神社の社格の1つで、府県社の下、村社の上に位置付けられた社)した。

鹿島から奈良春日大社に勧請された武甕槌の神が一泊された土地で、神社名が大字名になったと言われています。

境内若宮神社では、12月中の申の日に申祭りが行われ、広い舞台で菅生春楽社の能楽・狂言が奉納されます。菅生春楽社の能楽・狂言は山添村無形文化財に指定されています。

また、境内にある石灯籠(正中2年=1328年)も山添村指定文化財です。

祭神は、武甕槌命 経津主神 天児屋根尊 比売神です。

*この内容は、山添村史などを参考に作成しました。

さて、次回は、「~巡り巡る農村の社~ 山添村神社巡り㉗ 北野 天神社」を紹介します。

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この記事を書いた人

こせがれのアバター こせがれ 兼業農家のご主人

山添生まれ、山添育ち。農村の暮らしを通して、食や農、自然や地形、歴史や文化、スポーツや子育て、健康や長寿‥などなど、様々なことに関心が芽生えて来た、小せがれです。
「足元より、少し前を向いて歩きたい♪ どうせ一度の人生だから」をモットーに実践しているつもりです。
これからもよろしくお願いしますm(._.)m

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