MENU
やまぞえ絆リレー2020
ブログカテゴリー
プロフィール背景画像
やんばいのぉ山添村
ええ天気やなぁ山添村
『やんばいのぉ』とは、山添弁で『いい天気だね』という意味です。
『やんばいのぉ山添村』は、関西弁では『ええ天気やなぁ山添村』になります!
『やまぞえ絆リレー2020』2021年5月9日に延期となりました。

~巡り巡る農村の社~ 山添村神社巡り⑯ 下津(西波多) 吉備津神社~

あわせて読みたい
~巡り巡る農村の社~ 山添村神社巡り⑮ 上津(西波多) 春日神社~
~巡り巡る農村の社~ 山添村神社巡り⑮ 上津(西波多) 春日神社~https://yamazoe-love.com/yamazoe-visiting-the-shrine-14-sugou/上津地区の公民館前に立つ道標上津(西波多) ~ 河内川(こうちかわ)の上流にあった集落 ~「上...
目次

下津(西波多) ~ 河内川(こうちかわ)の下流にあった集落 ~

「下津」と書いて「しもづ」と読みます。
この大字は、山添村の北部で、北は山を隔てて奈良市月ヶ瀬に接し、東西に流れる遅瀬(祓戸(はらいど)または河内(こうち)とも呼ばれていた)川が流れ、それに沿って走る遅瀬~西波多線沿いに集落が広がり、集落の中央で南北に走る山添~月ヶ瀬線が交差しています。

下津は明治8年に大字上津と合併して、西波多と呼ばれるようになりました。
先の上津でも説明しましたが、西波多は、東にある波多地域の西にある地域として、西波多と呼ばれるようになり、下津はこの地域を流れる遅瀬川沿いに集落があったことから、「下ツ河内(しもつこうち)」と呼ばれていました。川沿いの下流にあったことから、下津と呼ばれるようになったと考えられます。

かつて、奥田氏藩士の庄田新八良藤原千代丸は、高台に城を築いて学問武芸に励み、馬術の訓練などをしたので、現在も庄田屋敷(小字峯畑)や駈場(くば)、馬洗場などの地名が残っているそうです。

地域では、田の他、茶園では「下津茶」と名声を博した時期や、リンゴや富有柿など珍しい果樹が栽培されていたこともありました。また、地域の方は勤勉で、下津の早寝、早起き、稲の早植えは有名だったそうです。

吉備津神社の傍には、山の神も祀られています。

吉備津神社 ~ 苔むした大岩に神宿る ~

当社は一大巨岩をご神体とし、拝殿はあるが社殿はありません。
我が国神社の原始形態そのままを遺す神社で、古代人の自然崇拝の跡を伝えるものと言われており、例えば、全国的には桜井市の大神神社が三輪山をご神体としているのと同じらしいです。
そこで、苔むした大岩に神が宿っていると言われています。

祭神:吉備津彦命

下津

*この内容は、山添村史などを参考に作成しました。
さて、次回は、「~巡り巡る農村の社~ 山添村神社巡り⑰ 遅瀬 八柱神社」を紹介します。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

こせがれのアバター こせがれ 兼業農家のご主人

山添生まれ、山添育ち。農村の暮らしを通して、食や農、自然や地形、歴史や文化、スポーツや子育て、健康や長寿‥などなど、様々なことに関心が芽生えて来た、小せがれです。
「足元より、少し前を向いて歩きたい♪ どうせ一度の人生だから」をモットーに実践しているつもりです。
これからもよろしくお願いしますm(._.)m

目次
閉じる